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展示車両全部見せます! 津山まなびの鉄道館 2018

2018年2月某日、たまたま津山を訪れる機会に恵まれた。(なぜ津山に来たのかという経緯を話すと長くなるので割愛いたします。)

津山で前々から行きたいと思っていた場所が一つありまして……

それはどこかというと…津山城衆楽園?いえいえ違います…「津山まなびの鉄道館」です!(タイトルを見ればわかるじゃん(;゚Д゚))

出だしから長々と書くのはウザいと思うので本題に入ります。

津山駅

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岡山駅から津山までは快速ことぶきに揺られること約80分。以前訪れた時に比べて駅前広場がきれいになっていました。2017年に駅前リニューアルが完了したそうです。

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津山駅を降り立った人を出迎えるのが、箕作阮甫(みつくり げんぽ)の銅像とC11蒸気機関車

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Who's 箕作阮甫

津山で代々町医師を営む家に生まれ、京都に出て医学を学んだ後、宇田川玄真の門に入り、以後洋学の研鑽を重ねました。ペリー来航時に米大統領国書を翻訳し、対露交渉団の一員として長崎にも出向来ました。日本最初の医学雑誌『泰西名医彙講』をはじめ、医学・語学・西洋史兵学・宗教学と広範囲にわたる数々の訳述書が確認されています。

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What's C11形?

このC11形80号機は1935年3月30日に日立製作所笠戸工場で製造されました。予讃本線・芸備線津山線只見線会津線等で活躍し、1975年の引退までの40年間で約175万キロ走行しました。津山線では1948年から25年間客貨輸送に活躍し、特に1962年10月の岡山国体の際にはお召し列車を牽引しました。また1971年3月には津山線ディーゼル化により「サヨナラSL列車」を牽引するなど津山線沿線住民に大変親しまれた機関車です。

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この機関車は引退後、津山市立南小学校正門横に設置されていました。その後津山駅前再整備や津山まなびの鉄道館の開館をきっかけとして市民や民間団体から駅前移設の機運が高まり、2017年8月に津山の玄関口の新たなシンボルとして移設されました。

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移設に際し再塗装され車体はもちろんのこと足回りまでピカピカでした。

それでは「津山まなびの鉄道館」に向かいましょう。津山駅からは徒歩で約10分です。

津山まなびの鉄道館

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津山まなびの鉄道館は、もともと旧津山扇形機関車庫時代から、同扇形庫と隣接する旧津山機関区事務所を利用した「懐かしの鉄道展示室」が不定期・予約制で公開されていました。
2015年にJR西日本は施設のリニューアルを発表し、2014年に閉館した交通科学博物館に保存されていたD51形、DD13形、DF50形を移設・展示することになり、旧津山扇形機関車庫をリニューアルして、2016年4月2日に開館しました。

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さて駅から徒歩で約10分。津山まなびの鉄道館に到着。

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入館券は昔の‘‘硬券‘‘を模したものとなっています。

入館料は

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となっています。30名以上の団体は2割引きだそうです。詳しくは公式ホームページをご確認ください。

それにしても大人300円はたいへん安いと思います。

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入り口にはC57形68号機の動輪がお出迎え。C57の直径175㎝・重さ約3.5tの動輪は国内で最も大きい動輪です。最高速度の時速100kmで走行している時には1秒間に5回転するそうです。

扇形機関車庫

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この博物館一番の目玉がこの扇形車庫転車台です。

1936年津山駅に造られた旧津山扇形機関車庫は延床面積2,527㎡、総工費は当時の金額で11万600円でした。機関車収容線数17は、梅小路機関車庫に次ぐ現存二番目の規模です。

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梅小路機関車庫はSLの入庫だけですが、ここでは気動車ディーゼル機関車が入っていて、なんとも新鮮。

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向かって左側には主に気動車D51が並んでいて

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右側にはディーゼル機関車が並んでいます。

それでは展示車両を1両ずつ丁寧にみていくことにします。

キハ33形1001号機・キハ181形12号機

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キハ33形1001号機

1988年に、余剰となった50系客車にエンジンなどの走行機器を取り付ける客車➝気動車化改造をして誕生した車両です。ただ、改造内容が多いため改造コストが高額となり、客車改造によるコスト低減効果が低いと判断されたことから、1001・1002号機の2両のみの改造でした。両機とも米子地区に配置され、山陰本線や境線を中心に普通列車の一部に運用されました。2010年の廃車後から、津山扇形機関車庫にて静態保存されています。

キハ181形12号機

気動車特急として好評を博していた、キハ80系の設計コンセプトを踏襲しつつ、国鉄の量産気動車としては初の500PS級大出力エンジンを搭載した車両です。非電化の山岳線区を中心に、特急車として活躍しました。
このキハ181形12号機は特急「つばさ」でデビューし、その後山陰本線系統の特急「いなば」や「はまかぜ」などの運用に当たりました。廃車後に国鉄特急色に戻されて津山扇形機関車庫にて静態保存されています。

キハ58形115号機・キハ28形28号機2329号機

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キハ58形・キハ28形気動車
共に非電化区間のスピードアップと居住性改善を目的に1961年に登場した急行列車用キハ58系に属します。キハ58系気動車は1969年までに国産気動車における最多記録である1,823両が製造されました。1980年代にかけて日本全国で急行列車を中心に運用されました。その後は急行列車の電車化または特急列車への格上げが進んだことから急行運用が減少し、多くはローカル線の普通列車用に転用されました。キハ58形にはDMH17Hエンジン2基、キハ28形には1基と冷房専用エンジンが搭載されてます。

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キハ58-563とキハ28-2329はどちらも1964年の製造で長らく広島地区で運用されていましたが、最後の急行「みよし」の運用後は津山で「みまさかスローライフ列車」等の臨時列車に充当されていました。2010年の廃車後から津山扇形機関車庫にて保存されています。

キハ52形115号機・D51形2号機

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キハ52形115号機

一般形気動車キハ20系の2基エンジン搭載形として1957年から1100両以上が製造され、日本各地で活躍しました。旧国鉄の2エンジン気動車としては最初の両運転台車でした。
このキハ52形115号機は1965年に製造され、大糸線に最後まで残った3両のうちの1両です。特に最末期には旧国鉄色である赤/クリーム色に塗り替えられ人気を博しました。2010年の廃車後、津山扇形機関車庫にやってきて静態保存されています。

D51形2号機

SLの代名詞‘‘デゴイチ‘‘ことD51形の総製造数1,184両のうち2番目に製造された車両です。初期型のためボイラー上部の煙突から蒸気溜までがカバーで覆われた「ナメクジ」のスタイルです。

本機は1936年3月に川崎車両兵庫工場で落成し、北陸・中央本線を中心に運用されました。特に71年4月には、関西本線のSL営業運転最終貨物列車を牽引しました。引退後は大阪・弁天町の交通科学博物館で保存されていましたが、同館の閉館後、2015年3月に津山扇形機関車庫にやってきました。

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D51形2号機の隣には1960年に廃車になったD51形755号機の汽笛が「旅立ちの汽笛」として復活しました。12時と15時に鳴らされるみたいです。

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扇形機関車庫の中央付近には何も入っていない場所があります。実際に営業車両の整備や改造を施す際、運用の都合や配置転換などに伴い編成の向きを変える必要がある際に今でもここを使っているそうです。

DF50形18号機・DD13形638号機

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DF50形18号機

SLに代わる非電化亜幹線の無煙化を目的として、1957年の先行試作車を皮切りに、138両まで増備された国鉄で初めて本格的に量産されたディーゼル機関車でした。

本機は1958年4月に三菱重工業三原製作所で製作され、四国を中心に運行され、1984年1月に高知機関区で廃車されたものです。引退後は大阪・弁天町の交通科学博物館で保存されていましたが、同館の閉館後、2015年3月に津山扇形機関車庫にやってきました。

DD13形638号機

操車場内での車両入換作業に用いることを主目的として1958年に誕生した機関車です。当時の入替作業には蒸気機関車が使用されており、それらを置き換える入換機関車の決定版として量産されました。

本機は1967年3月に日本車両名古屋工場で製造され、岡山機関区へ新製配置、翌年、姫路第一区へ移動して主に兵庫県内で活躍しました。1986年の廃車後は、大阪・弁天町の交通科学博物館で保存されていましたが、同館の閉館後2015年3月に津山扇形機関車庫にやってきました。

DD15形30号機・DD51号機1187号機

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DD15形30号機

上記で紹介したDD13形をベースに開発された除雪用ディーゼル機関車で、1962年から50両製造されました。大型のプラウ形ラッセル装置を機関車本体の前後に装備し、1両での除雪作業を可能としました。ラッセル装置を外せばDD13形と同等の入換機として使用可能であり、通年使用が可能な除雪車として車両運用効率の向上に寄与しました。DD15‐30号機は北陸地区での雪害対策に主に使用されました。廃車後の2011年から津山扇形機関車庫で保存されています。

DD51号機1187号機

SLに代わる非電化幹線の無煙化を目的として、1962年から1978年までの16年間に649両が製造されました。上記で紹介したDF50形では幹線用としてはかなり非力だったため、速度面ではC61形を、牽引力ではD51形を上回る性能を持つ本格的な幹線用主力機として開発されました。本形式の登場後も、DD54形・DE50形などが開発・製造されましたが、上手くいかず性能の安定したDD51形のみが長期量産・運用されました。

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このDD51-1187号機は悲運と栄光の歴史を持つ機関車です。
1977年に日立製作所水戸工場にて製造され、福知山や米子など山陰本線を中心に活躍しました。
悲運にも1986年12月28日13時25分頃に起きた余部鉄橋列車転落事故でお座敷列車「みやび」を牽引していた当該機でもあります。
その後は通常の寝台特急「出雲」などの運用に使用されていましたが、2003年に名誉が訪れます。2003年10月5日・6日と天皇皇后両陛下が山陰地方へ行幸啓された際、お召し列車を1186号機とともに重連で牽引しました。
2007年7月に廃車されたのち、翌月から津山扇形機関車庫にて保存されています。

少しでもその車両の歩んできた歴史がわかると、見る目が変わり愛着が湧くのではないでしょうか。(鉄道好きだけかなww(^^;))

10t貨車移動機・DE50形1号機・DD16形304号機

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10t貨車移動機

かつて国鉄が開発/製造した駅構内・貨物側線等で貨車の入換作業を行うために導入した、”機械”です。車籍を持たないために、「車両」ではなく、「機械」として取り扱われます。本線での使用はできず移動の必要がある際には、トラックや貨車に搭載されて輸送されます。小さな筐体ですが、貨車けん引機としての牽引力を持ち合わせている、いわば”小さな巨人”と申せましょう。津山扇形機関車庫に静態保存されているのは、米子で使用されていたもので、2011年に搬入されたものです。

DE50形1号機

DE50形の開発経緯は上記で紹介したDD51形が当初、保守に手間や費用がかかっており、山陰本線などで使用されていたDD54型のトラブル多発などを受け非電化幹線・亜幹線の後継機を得ることを目的として開発されました。DD51形は出力1,100ps級のディーゼル機関を2基搭載するのに対してDE50形は出力2,000ps級のディーゼル機関を1基搭載しています。DE50形は完成後、中央西線伯備線において性能試験が行われましたが、電化計画の急速な進展とDD51型の保守面の不具合が改善されたこと、国鉄本社が機関車形式数の削減に舵を切ったことから、増備されるディーゼル機関車DD51型に一本化されることになり、DE50型は2号機以降の生産計画が中止されるに至りました。

その後1986年に岡山機関区にて廃車となり2007年に津山扇形機関車庫にやってきました。当館の目玉展示の一つとして人気を博しています。

DD16形304号機

この車両は1971年に軌道構造の弱いローカル線(簡易線)向けに登場した小型液体式ディーゼル機関車です。搭載されているディーゼル機関はDD51形用のエンジンを出力800psまで抑えたものを採用しています。65両製造されたうち、4両が脱着式の単線用ラッセルヘッドを取り付けられる300番台に区分されました。
この304号機は豪雪の大糸線で活躍していたもので、2015年に廃車後、津山扇形機関車庫にやってきました。

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DE50形の特徴的な3軸台車‘‘DT140形台車‘‘もしっかり見ることができます。

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DE50の車体サイズは写真で見る限りではDD51とあまり変わらないのかなと思っていましたが、実際に目にするとDD51より一回り大きいです。関西弁で言う‘‘ごつい‘‘という形容詞がぴったりです。

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DD16形の裏はラッセルヘッドが飛び出している展示仕様になっています。

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扇形車庫に来るとやってしまうのが、パノラマ写真。

転車台

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転車台桁は横枕木仕様でクーパー荷重E33、全長18,280mmの60ft下路(かろ)プレートガーダ「G2-1」です。転車台は扇形機関車庫が建設される6年前の1930年、電動牽引機と共に設置されました。現在の二輪式転車台電動牽引機は1954年に福島製作所が製造したものです。

ANT20W

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こちらは‘‘アント‘‘の名で知られている小型車両移動機「ANT20W」。

こんなに小型ですが最大牽引能力は350t。電車なら10両編成まで牽引できるぐらいの力です。小さな力持ちですね。

まちなみルーム

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扇形車庫の入り口川には「まちなみルーム」というジオラマの展示ブースがあります。

津山のまちなみや因美線沿線の美しい景色がジオラマで再現されています。

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2017年4月に情景模型を一新し、リニューアルオープンしました。

以前に比べ町並みを忠実に再現し、新たに昼夜を演出する照明が導入されました。

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この博物館の扇形車庫も忠実に再現されています。展示車両はもちろん屋根のあるなしまで再現されています。すごい!

少し見どころをご紹介

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津山駅付近には、かつて津山を経由して走っていた急行がホームに入線しています。また、キハ47系「ノスタルジー」も見れます。駅前にはビジネスホテルα‐1ならぬ‘‘β‐2‘‘も経っています(笑)。留置線にはキハ187系の姿が…。実際はキハ187系の運用はありませんが、いつかは津山経由の優等列車を復活させてほしいという願いなのでしょうね。駅前にはしっかりとC11も置いてありました。

あゆみルーム&しくみルーム

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「あゆみルーム」と「しくみルーム」が入っている建物。間にトイレがあります。2階へは上がることが出来ません。

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まずは手前の「あゆみルーム」から見ていきましょう。

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岡山の鉄道の歴史にスポットを当てながら、日本における鉄道のはじまりから今にいたるまでを当時の出来事とともに紹介しています。

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大阪の弁天町にあった交通科学博物館から津山まなびの鉄道館までの車両輸送の映像がありました。海上輸送と陸送を組み合わせた大規模なものだったようです。

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続いては「しくみルーム」。

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きっぷ・改札・時刻表・安全性・運行などの列車を走らせるための技術や構造がわかりやすくパネルで紹介されています。f:id:lifeisjourney-k-s:20180212202444p:plain

リニアライナーもありました。

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昔の駅員室の再現展示です。乗車券保管箱・ダッチングマシン・機械式計算機・合図灯など実際に使用されていた品物が保存展示されています。

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実際に美作加茂駅東津山駅で使われたいたタブレット閉塞器です。

因美線での急行「砂丘」の走行中受け渡しで有名でしたね。

まなびルーム

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当館の出入り口付近には受付兼「まなびルーム」という施設があり、当館の概要を紹介する映像やオリエンテーションが行えるようになっています。

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学校のように机と椅子があります。

前方の本棚には雑誌鉄道ファン・鉄道ジャーナルが数年分保管してあり自由に読むことが可能です。

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まなびルームの後方ではお土産が販売されていて、当館限定品が並んでいます。

留置線

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当館のすぐ横には津山駅西側にある留置線がすぐ目の前に広がっています。

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現在、津山駅に乗り入れているキハ120形・キハ40系・キハ47形が留置されていました。

まとめ

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風光明媚で歴史ある津山の地に建てられた、旧津山機関車庫。2016年に鉄道の歴史を後世に伝え、未来に貢献するために「津山まなびの鉄道館」としてリニューアルオープンしました。非電化区間において活躍した数々の名車が扇形車庫にて静かに眠っています。京都鉄道博物館には規模では負けるかもしれませんが、どちらも日本の近代化を支えた重要な車両が展示されていることには変わりません。

京都鉄道博物館の姉妹館とも言われるだけのことあって、見どころは満載です。京都鉄道博物館に行った人はより楽しめるのではないでしょうか。京都に比べて、都会からのアクセスは少し悪いですが、時間をかけて見に来るだけの価値はあります。津山へ来る機会のある方は、訪れてはいかがでしょうか。自身を持ってオススメします。

京都鉄道博物館の展示車両をすべて紹介した時のものです。今回の分と合わせてご覧ください。

lifeisjourney-k-s.hatenablog.com

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駐車場も完備されていて、約20台駐車可能となっています。

 

詳しい情報は 公式ホームページ⇩でご確認ください。

www.tsuyamakan.jp

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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